はじめに
前回は、橋を架けるときの基本的な考え方として、架設中の現場では安全が最優先になることを見てきました。
【橋を架けるときの考え方|刻々と変化する構造と現場の安全】
https://hashiwatashi.com/bridge-erection-approach/
今回は、その考え方を鋼橋の施工という具体的な場面に落とし込んで見ていきます。鋼橋は、工場で造った部材を現場で組み上げていくため、運ぶ・架ける・つなぐといった一つひとつの工程に、現場ならではの難しさと工夫があります。この記事を通して伝えたいのは、橋づくりにおける「施工」「現場」の大切さです。
鋼橋の現場施工の流れ
鋼橋の現場での施工は、おおまかに次のような工程で進みます。
- 工場で製作された部材を、架設現場へ運ぶ(輸送)
- 部材を組み立て、つなぎ合わせる(組立・連結)
- 橋桁を所定の位置へ架ける(架設)
- 床版(しょうばん)を施工する
これらは、設計の段階で前提とした施工方法や施工順序に沿って進められます。そのために、施工計画や品質管理計画をあらかじめ作成し、各工程で安全と品質を確保しながら、確実に施工していくことが求められます。一つずつ、着目すべきポイントを見ていきましょう。
部材を「運ぶ」——輸送という最初の関門
意外に思われるかもしれませんが、鋼橋の施工は「運ぶ」ところから、すでに気の抜けない工程です。工場で精密に造られた部材も、現場へ運ぶ途中で傷んでしまっては元も子もないからです。
部材の輸送は、大きく陸上輸送と水上輸送に分けられます。道路を通って運ぶのが陸上輸送、航路を使って船で運ぶのが水上輸送です。橋の規模や架ける場所の条件に応じて、適切な方法を選びます。
どちらの場合も、輸送中の振動や衝撃、それによる変形で部材が損傷しないよう、細心の注意が払われます。大きく重い鋼の部材を、傷つけずに現場まで届ける——この最初の関門を確実にこなすことが、その後の工程の土台になります。
架設中こそ危ない——段階ごとの安全性照査
鋼橋の施工で、とりわけ注意を要するのが架設の段階です。
前回も触れたように、架設の途中の橋は、まだ完成形の安定を得ていません。鋼橋では、橋本体と、それを支える架設機材とが組み合わさって、一時的な構造系をつくります。この構造系は、条件によっては不安定な状態になりやすく、実際に、部材が圧縮で急に折れ曲がる座屈(ざくつ)や、衝撃・変形といったトラブルの事例も報告されています。
しかも、架設中の鋼橋は、施工が進むにつれて形状や力のかかり方(応力状態)が刻々と変化します。そのため架設設計では、完成したときの安全性だけでなく、架設の各段階それぞれについて、構造解析によって安全性を照査(しょうさ/確かめること)する必要があります。
ここで大切なのは、照査の対象が橋本体だけではない、ということです。作業のために一時的に設ける仮設構造物についても、各段階で安全性を確かめます。さらに、現場では起こりうるすべての事象を正確に見通すことは難しいため、不確実な要因については「安全側」に、つまり余裕をもって厳しめに見込んでおきます。
なお、橋桁を大きなブロックにまとめ、大型クレーンや台船で一気に架ける一括架設という方法もあります。海上に架かる東京ゲートブリッジなどがその例で、こうした大胆な工法も、緻密な架設設計と安全性の照査があってこそ成り立っています。
【橋を造るときの考え方|ライフサイクルコスト・長寿命化・災害対策】
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現場溶接の難しさ
鋼橋では、部材どうしを溶接でつなぐことがあります。工場の中で行う溶接は、設備の整った安定した環境で作業できますが、現場での溶接は、そうはいきません。
現場溶接では、気象条件(風や雨、気温)、作業する向きや姿勢(溶接姿勢)、つなぎ目の加工精度(開先(かいさき)の精度)など、さまざまな面で工場よりも不利な条件のもとでの作業になりがちです。だからこそ、現場溶接では、しっかりとした施工管理体制を組んで、品質を確実に守ることが欠かせません。同じ溶接でも、「どこで行うか」によって難しさが大きく変わるのです。
「設計より、工事をまとめること」——廣井勇の言葉
施工の大切さは、今に始まったことではありません。それを物語る、こんな逸話があります。
明治期に活躍した土木技術者に、廣井勇(ひろい いさむ)という人物がいます。在米中の若き日に、英文で鈑桁橋(ばんげたきょう)の専門書を著し、その本はアメリカの大学で教科書として使われるほど高く評価されました。日本の近代土木の礎を築いた一人です。
その廣井が、「設計だけをする人はいくらでもいるが、工事を完全にやり遂げる人は少ない。設計よりも、工事をまとめることの方が大切だ」という趣旨のことを語ったという逸話が伝えられています。
優れた設計図があっても、それを現場で形にする施工がともなわなければ、良い橋はできあがりません。施工の重みを見抜いていた廣井の言葉は、100年以上を経た今も、まったく古びていないように思います。橋づくりの主役は設計だけではなく、それを支える現場の力もまた、紛れもない主役なのです。
まとめ
この記事では、鋼橋の施工における着目点を見てきました。ポイントを整理します。
- 鋼橋の現場施工は、輸送・組立・架設・床版施工という工程からなる
- 部材の輸送(陸上・水上)では、振動や衝撃による損傷を防ぐ配慮が要る
- 架設中は構造系が不安定になりやすく、段階ごとに本体・仮設構造物の安全性を照査する
- 現場溶接は工場より不利な条件になりやすく、しっかりした施工管理が欠かせない
- 「設計より工事をまとめることが大切」と語った廣井勇の言葉が示すように、施工の重みは今も変わらない
橋は、優れた設計と、それを現場で確実に形にする施工の、両輪で造られます。次に施工中の橋を見かけたら、その足場や機材の一つひとつにも、安全と品質を守る現場の知恵が込められていることを、思い浮かべてみてください。


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