第5章では、ベント工法や送り出し工法、場所打ちやプレキャストなど、橋をどう架けるかをさまざまな工法を通して見てきました。架け方には、たくさんの知識と技術が詰まっています。
けれど、橋に関わるうえで、工法や数式と同じくらい大切にされてきた、もう一つの「技術」があります。それは、橋そのものと向き合い、対話する力——いわば「橋とのコミュニケーション」です。今回は少し視点を変えて、橋とどう向き合うかという話をしてみます。
用・強・美——橋を見る三つの視点
まずは、橋を見るときの入口として、とても便利な考え方を紹介します。「用・強・美(よう・きょう・び)」です。
これは、古代ローマの建築家であり技術者でもあったウィトルウィウスが説いた、建築の三原則です。彼は紀元前30年ころに著した『建築十書』のなかで、すぐれた構造物に欠かせない要素として、この三つを挙げました。
用(utilitas)とは、使いやすく便利であること。強(firmitas)とは、丈夫で長持ちすること。美(venustas)とは、美しく魅力的であることです。この三つがそろってはじめて、構造物は時代を超えて愛され、使われ続ける、という考え方です。とくに「強」については、橋がまさにそうであるように、重力や風、地震といった大きな力に耐えることが求められます。二千年以上も前の言葉が、今の橋にもそのまま通じるのは驚きです。
そして、この「用・強・美」は、橋を見るときの視点としても役に立ちます。専門的な知識があってもなくても、「この橋は使いやすそうか(用)」「丈夫そうか(強)」「美しいか(美)」という三つの観点で眺めるだけで、誰でも橋から何かを感じ取れます。橋を見る入口として、これほどわかりやすいものはありません。
橋に当てはめてみると、用は、渡りやすさや使い勝手——道幅や勾配、人と車の通りやすさにあたります。強は、車や人の重さ、地震や風に耐える頑丈さと、長く保つ耐久性。美は、周囲の景色との調和や、橋の形そのものの美しさです。ふだん何気なく渡っている橋も、この三つの目で見直してみると、設計した人の工夫や苦心が、少しずつ見えてきます。
橋とのコミュニケーションとは
構造物と対話できるかどうかが、技術者の技量を分ける、とも言われます。
橋は、言葉を話しません。けれど、ひび割れ、さび、たわみ、変色など、さまざまな形で、自分の状態を語りかけています。いわば「声なき声」です。傷んで悲鳴をあげている橋に気づき、そっと一声かけられるか。そこに、橋と向き合う力が表れます。
たとえば、ひび割れ一つをとっても、その向きや幅、出ている場所によって、橋が訴えていることは変わってきます。水がしみ出した跡は内部で起きている異常を、じわじわと広がるさびは部材の弱りを教えてくれます。支承(ししょう)のわずかなずれが、橋全体の動きの変化を物語っていることもあります。こうした一つひとつのサインを丁寧に読み解いていくことが、橋との対話にほかなりません。
ここで大切なのは、図面や文献を読むだけで橋をわかったつもりにならないことです。資料を読むのは、いわば一方通行のやりとりです。これに対して、実際の橋の前に立てば、橋の側からも多くの情報が返ってきます。日に焼けた塗装、わずかなたわみ、水のしみた跡——現場に身を置いてはじめて気づけることがたくさんあります。双方向のコミュニケーションは、実物に向き合うことで生まれるのです。
橋と向き合うときの姿勢も問われます。上から目線で「どうせこうだろう」と決めつけてしまっては、橋の本当の状態は見えてきません。理解するとは、相手の側に立つこと。橋の足元に身を置くくらいの気持ちで、素直にその声を聴こうとする姿勢が、何より大切になります。
モニタリング——橋の声を聴く新しい形
近年、橋の「声なき声」を聴く方法は、大きく広がっています。その代表が、モニタリング(監視・点検)です。
かつては、技術者が橋に近づき、目で見て、ハンマーで叩いて状態を確かめるのが点検の基本でした。今でもその大切さは変わりませんが、そこに新しい道具が加わってきています。高い主塔や桁の裏側など、人が近づきにくい場所はドローンが飛んで撮影し、橋に取り付けたセンサーが振動やひずみを記録し、AIが大量の画像のなかからひび割れを見つけ出す——そんな時代になりました。これらはすべて、橋の状態を読み取り、対話するための新しい手段です。
こうした点検は、いまや橋を守るうえで欠かせない仕組みになっています。日本では、高度経済成長期に集中して造られた橋の老朽化が進んだことを背景に、2014年から、長さ2m以上の道路橋について、5年に1回、近接目視を基本とする定期点検が義務づけられました。その数は全国で約70万橋にのぼります。点検の結果は健全性に応じて区分され、どの橋をいつ直すかという、計画的な維持管理の土台になります。そして、ドローンをはじめとする点検支援技術も、国の制度のなかに正式に位置づけられ、活用が広がっています。
たとえばドローンを使えば、これまで足場を組まなければ近づけなかった場所や、人が立ち入りにくい高所・狭所を、安全に、効率よく確認できます。点検する人の負担と危険を減らしながら、橋のより多くの部分に目を届かせられるようになったのは、大きな進歩です。
ただし、ここで一つ心に留めておきたいことがあります。ドローンやAIは、人の目や経験を置き換えるものではなく、それを補い、広げてくれる道具だということです。最終的に、その橋がどんな状態にあり、何を必要としているのかを読み取って判断するのは、やはり人です。最新の技術は、橋とのコミュニケーションをより深く、より広くするための、心強い味方なのだと言えます。こうしたデジタル技術が橋づくりや橋守りをどう変えていくのかは、別の記事でも取り上げています。
【ICTとAIが変える橋づくり】
https://hashiwatashi.com/bridge-ict-ai/
大切なのは「橋が好き」という気持ち
では、橋とのコミュニケーションで、最も大切なことは何でしょうか。
それは案外シンプルで、「橋が好きかどうか」だと言われます。好きになれば、自然と、いろいろな形で橋と向き合いたくなるものです。通りがかった橋をつい見上げてしまう、形の違いが気になって調べてみる——そんな小さな関心の積み重ねが、橋を読み取る目を育てていきます。
そして、この向き合い方に、決まった正解はありません。初心者には初心者なりの、ベテランにはベテランなりの対話の仕方があります。知識や経験の多い少ないにかかわらず、「橋が好き」という気持ちさえあれば、誰でも今日から橋との対話を始められます。
まとめ
第5章では、橋をどう架けるかを、さまざまな工法を通して見てきました。そこには、長い年月をかけて磨かれてきた知恵と技術が詰まっています。
けれど、工法の知識も、最後は橋そのものと向き合う姿勢があってこそ活きてきます。用・強・美という古来の視点で橋を眺め、その声なき声に耳を澄ます。ドローンやAIといった新しい道具も携えながら、橋と対話を続けていく。橋をつくることも、橋を守り続けることも、そんなコミュニケーションの積み重ねの上に成り立っているのだと思います。
次に橋を渡るとき、少しだけ立ち止まって、その橋に「調子はどう?」と声をかけてみてください。橋とのコミュニケーションは、きっとそこから始まります。

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