橋の設計図は、かつてすべて人の手で描かれていました。製図台に向かい、鉛筆とペンで一本一本、線を引く。一枚の図面に何日もかけ、間違えれば描き直す——。その世界を根底から変えたのが、CAD(キャド)です。
いまや図面といえばCADで描くのが当たり前になり、その先にはBIM/CIMという次の世代も見えてきました。では、CADとはそもそも何なのか。どこから来て、何を変え、これからどうなっていくのか。ここでは、2次元CADと3次元CADの両方を視野に入れながら、CADという技術の全体像を、歴史から土木の実務、BIM/CIMとの関係までたどって整理します。
CADとは——設計を「支援」するという名前
CADとは、Computer Aided Design(コンピュータ・エイデッド・デザイン)の略称で、日本語では「コンピュータ支援設計」と訳されます。コンピュータの力を借りて、図面の作成や設計を行うためのシステムやソフトウェアの総称です。
名前をよく見ると、面白いことに気づきます。「コンピュータ設計」ではなく、「コンピュータ支援設計」。設計するのはあくまで人であり、コンピュータはそれを支援する道具だ、という思想が、名前そのものに刻まれているのです。線を引くのはソフトでも、どこにどんな線を引くべきかを決めるのは、いまも昔も設計者の頭脳です。
手描き製図の時代——図面は財産、修正は苦行
CADのありがたみを知るには、その前の時代を知るのが一番です。
かつての設計室の主役は、ドラフターと呼ばれる製図台でした。定規が組み込まれた大きな台に紙を張り、鉛筆で下書きし、ペンで清書する。図面はトレーシングペーパー(透明な薄紙)に描かれ、それを原図として「青焼き」と呼ばれる複写で焼き増しして、現場や関係者に配られました。
大変なのは、修正です。線を一本間違えれば、砂消しゴムやカミソリで紙を傷めないよう慎重に削り取る。設計変更で橋の桁の高さが変われば、関係する図面を何枚も描き直す。似たような図面をもう一枚作るときも、最初から引き直し。図面は会社の財産と呼ばれるほど手間の結晶であり、その修正と複製は、若手技術者の忍耐力を鍛える「苦行」でもありました。
CADの歴史——1963年の一本の線から
CADの起源は、1963年にさかのぼります。米マサチューセッツ工科大学の博士課程にいたアイバン・サザランドが開発した「Sketchpad(スケッチパッド)」です。ライトペンと呼ばれるペンで画面に直接触れて図形を描き、複製し、図形どうしに幾何学的な決まりを持たせられる——今では当たり前のこれらの操作を、60年以上前に実現した対話型システムでした。Sketchpadは、CADの先駆けであるだけでなく、画面を介してコンピュータを操作するGUIという発想そのものの原点ともいわれ、サザランドは後に、計算機科学のノーベル賞と呼ばれるチューリング賞を受賞しています。
とはいえ、当時のCADは、大型で高価なコンピュータでしか動かない特別な存在でした。CADといえば数千万円の専用機、というのが長らくの常識で、導入できるのは航空機や自動車の大手メーカーなど、ひと握りの企業に限られていました。
転機は1982年。米国で設立されたばかりのオートデスク社が、「AutoCAD(オートキャド)」を発売します。当時普及し始めていたパソコンで動くCAD——数千万円の世界からすれば破格の存在でした。さらに同社は、データ形式(DXF)や拡張のしくみを公開する開放的な戦略をとり、AutoCADを土台にした専用アプリが次々と生まれます。CADは、一部の大企業の秘蔵の道具から、誰もが使える設計の道具へと変わっていきました。
日本でも、1990年代のパソコン普及とともに、設計室からドラフターが姿を消し、CADへの世代交代が一気に進みます。無料で使える国産2次元CADも登場して裾野を広げ、「図面は手で描くもの」という常識は、およそ10年で過去のものになりました。
2次元CADと3次元CAD——図面を描くか、立体を作るか
ひとくちにCADといっても、大きく二つの系統があります。2次元CADと3次元CADです。
2次元CADは、手描き製図をそのままデジタルに置き換えたものです。画面の上で、線・円・文字を組み合わせて、平面図・側面図・断面図といった図面を描きます。線の種類ごとに透明なシートを重ねるように描き分けるレイヤ(画層)という考え方も、2次元CADの発明です。
3次元CADは、図面ではなく、立体そのものをコンピュータの中に作ります。針金細工のようなワイヤーフレームから始まり、面を張るサーフェス、中身の詰まったソリッドへとモデリング技術は進化しました。1977年には航空機開発から生まれたCATIAが登場し、1987年のPro/ENGINEERは、寸法の数値を変えると形が連動して変わるパラメトリックという革新をもたらします。1995年のSOLIDWORKSあたりからは中堅企業にも手が届くようになり、機械設計の世界では3次元が主流になっていきました。
| 項目 | 2次元CAD | 3次元CAD |
|---|---|---|
| 作るもの | 平面図・側面図・断面図などの「図面」 | 立体そのものの「モデル」 |
| 表現のしかた | 線・円・文字の組み合わせ | ワイヤーフレーム、サーフェス、ソリッド |
| 得意なこと | 図面の作成・修正・共有が軽快。既存の図面資産をそのまま活かせる | 形を直感的に把握できる。部材どうしの干渉チェックや体積・数量の算出 |
| 苦手なこと | 立体は読み手が頭の中で組み立てる必要がある | データが重く、習熟にも時間がかかる |
| 土木での現在地 | 図面文化の主役。電子納品の標準 | BIM/CIMの土台として拡大中 |
どちらが優れているという話ではありません。2次元は「伝えるための図面」を作る道具として、3次元は「検討するための立体」を作る道具として、それぞれの持ち場があります。土木の世界では、複雑な立体を扱う機械分野より2次元が長く主役であり続けてきましたが、それには図面という共通言語の完成度の高さという理由があったのです。
CADは何を変えたのか
CADがもたらした変化を、手描き時代と比べてみましょう。
まず、修正が苦行でなくなりました。線は消して引き直せばよく、設計変更にも柔軟に追従できます。次に、複製と再利用。一度描いた図面は資産としてコピーでき、標準的な部品や過去の類似設計を呼び出して使い回せます。正確さも段違いです。手の震えも定規の当てズレもなく、寸法はミリ単位どころか、データ上はそれ以下の精度で管理されます。
そして、共有のあり方が変わりました。図面が電子データになったことで、青焼きを抱えて運ぶ代わりに、データを送ればよくなった。この変化の行き着いた先が、成果品そのものを電子データで納める電子納品です。図面は、紙からデータへ。CADは単なる「デジタル製図板」にとどまらず、設計情報の流通そのものを変えたのです。
土木・橋梁の世界のCAD——共通ルールと交換形式
橋の図面——全体の姿を示す一般図、部材の寸法を定める構造図、鉄筋の配置を描いた配筋図——も、いまはCADで描かれ、電子データで納品されています。ここで大切になるのが、「誰が描いても、どのソフトで開いても、同じように読める」ためのルールです。
国土交通省は、CADデータの表記を統一する「CAD製図基準」を定めています。2001年に案として生まれ、2004年度からはすべての直轄事業で電子納品が始まりました。図面をどんなレイヤ構成で描くか、線の種類・太さ・色をどう使い分けるか、ファイルにどんな名前を付けるか。事細かに見えるこれらの決まりは、図面が発注者・設計者・施工者、そして何十年も先の維持管理の担当者へと、正しく受け継がれていくための共通文法です。
データの受け渡しには、SXF(エスエックスエフ)という交換形式が使われます。CADソフトはメーカーごとにデータ形式が異なり、そのままでは互いに正しく開けないことがあります。SXFは、異なるソフトの間でも図面を同じ姿で再現するために、日本の建設分野で標準化された形式です。国の電子納品で使われるP21形式は国際標準に則っており、特定のソフトが消えても図面が読めなくなることのないよう、何十年という橋の一生に耐える「永続性」を重んじて選ばれています。図面の寿命は、橋の寿命と同じだけ長いのです。
図面が導く先の、橋づくりの現場については、こちらで扱っています。
【鋼橋の施工とは?|工場製作から架設までの流れを解説】 https://hashiwatashi.com/steel-bridge-construction/
CADとBIM/CIMは何が違うのか——線は、自分が桁だと知らない
さて、CADを語るうえで避けて通れないのが、BIM/CIMとの関係です。3次元CADで立体を作るのと、BIM/CIMのモデルを作るのは、何が違うのでしょうか。
決定的な違いは、「情報」です。CADが描くのは、あくまで図形。2次元なら線と円、3次元なら形のデータです。図面の上の一本の線は、人間が見れば桁だと分かりますが、線そのものは自分が桁であることを知りません。長さや材質を尋ねても、線は答えられないのです。
BIM/CIMのモデルは違います。モデルを構成する一つひとつの部材が、「自分は主桁で、材質はこの鋼材で、長さは何メートル」という属性情報を持っています。形と情報が一体になっているからこそ、数量の集計も、干渉チェックも、維持管理への引き継ぎも、モデルから直接行える。図形を描くCADから、情報を持つ部材を組み立てるBIM/CIMへ——これが、両者を分ける本質です。
【BIM/CIMとは?|設計・施工・維持管理をつなぐ3次元データ活用を解説】 https://hashiwatashi.com/bim-cim/
では、CADはもう古いのでしょうか。そうではありません。BIM/CIMの原則適用が始まった今も、契約上の設計図書は当面2次元図面であり、現場で開かれ、赤鉛筆で書き込まれるのは、依然として図面です。2次元図面は、100年かけて磨かれた「伝える技術」の完成形であり、現場の共通言語であり続けています。また、図面が残っていない古い橋では、現物を測って3次元データを起こすところから始まります。その主役が、レーザーやドローンで取得する点群です。
【点群データとは?|現実を数億の点で写し取る3次元計測のしくみと活用を解説】 https://hashiwatashi.com/point-cloud/
手描きからCADへの移行に10年かかったように、CADからBIM/CIMへの移行にも、時間と経験の蓄積が要ります。いまは、図面とモデルが共存しながら、少しずつ重心が移っていく過渡期。両方を読める技術者が、いちばん強い時代だといえるでしょう。
まとめ
この記事では、CADの全体像を整理しました。
CADとは、コンピュータの力で設計を支援する技術です。1963年のSketchpadに始まり、1982年のAutoCADで誰もが使える道具になり、日本でも1990年代に手描き製図からの大転換が起きました。手描きをデジタル化した2次元CADと、立体そのものを作る3次元CADにはそれぞれの持ち場があり、土木の世界ではCAD製図基準とSXF形式という共通ルールのもと、橋の図面が描かれ、受け渡され、何十年も生き続けています。
図形を描くCADから、情報を持つモデルを組み立てるBIM/CIMへ。設計の道具は世代交代の途上にありますが、どの時代も変わらないことが一つあります。線を引くのが鉛筆でもマウスでも、その一本に意味を与えるのは、設計する人間だということです。道具の歴史をたどることは、設計という営みの本質を確かめることでもあるのです。


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