これまで、橋をどう設計し、どう造り、どう架けるかを見てきました。けれど、橋の一生でいちばん長いのは、完成してから何十年と「使い続けられる」時間です。その長い時間、橋を健やかに保ち続けるための営みが、維持管理です。今回は、その第一歩として、橋の維持管理の考え方を見ていきます。
橋も歳をとる——高齢化する日本の橋
橋の維持管理は、人間にたとえると、体の手入れや健康保持、ときには介護に相当します。人が定期的に健康診断を受け、不調があれば治療し、歳を重ねれば手厚くケアするように、橋もまた、年月とともに手をかけて守っていく必要があります。
そして今、日本の橋は急速に「高齢化」しています。日本の橋の多くは、高度経済成長期にあたる1960年代から1970年代にかけて、集中的に建設されました。完成からおよそ50年が、橋にとっての高齢の目安とされます。当時いっせいに架けられた橋が、いまちょうど、その節目を次々と迎えているのです。全国には、長さ2m以上の道路橋だけでも約70万橋があり、その多くが年齢を重ねつつあります。
新しい橋を架けることももちろん大切ですが、これからの時代に最も問われるのは、「今ある橋を、いかに長く健やかに使い続けるか」という技術です。問題は、これらの橋がいっせいに歳をとっていくことです。同じ時期に造られたぶん、補修や架け替えが必要になる時期も重なりやすく、限られた予算と人手のなかで、どの橋から手をつけるかという難しい選択を迫られます。第6章は、まさにそのための章だと言えます。
維持管理の目的は「要求性能」を守り続けること
そもそも、維持管理は何のために行うのでしょうか。その答えが「要求性能」という考え方です。
橋には、設計の段階で、「これだけの重さに耐える」「これだけの期間、安全に使える」といった、満たすべき性能の水準が定められます。これを要求性能と呼びます。維持管理の目的は、橋が設計上の供用(きょうよう)期間を通じて、この要求性能の水準を満たし続けていることを確認し、確保することにあります。
ここで知っておきたいのが、橋の性能は時間とともに少しずつ低下していくということです。完成したときが最も高く、そこから経年で、ゆるやかに、ときに急に下がっていきます。だからこそ、その低下が許される限界をいくつかの段階で見定めておき、性能が限界に近づく前に手を打つ——という発想が大切になります。
性能の限界には、段階があります。設計のときに想定した性能の限界、維持管理のうえで守っておきたい性能の限界、そして構造物として絶対に下回ってはならない性能の限界——というように、ものさしを段階的に持っておくことで、「まだ余裕がある」「そろそろ手を打つべきだ」「これ以上は危険だ」といった判断ができるようになります。性能がどこまで下がったら対策が必要なのかという基準を持っておくことが、計画的な維持管理の土台になるのです。
橋を良い状態で保つには、こうした性能確保の考え方に加えて、点検の方法、性能の評価、対策が必要かどうかの判定(診断)、そして対策と記録の進め方までを、あらかじめ筋道立てて決めておくことが欠かせません。
橋の維持管理サイクル
橋の維持管理は、一度きりの作業ではなく、ぐるぐると回り続ける「サイクル」として進められます。人の健康管理が、診断・治療・経過観察を繰り返すのと同じです。その流れを、順に追ってみましょう。
- 計画:過去の記録や橋の状態をもとに、どう点検し、どう守っていくかという維持管理計画を立てます。健康管理でいえば、方針を決める段階です。
- 点検:実際に橋を見て、ひび割れやさび、たわみといった変状(へんじょう)を見つけ、その状態をデータとして記録します。人でいう健康診断にあたります。
- 劣化の予測:点検で得た情報をもとに、この先、橋の状態がどう変化していくかを予測します。将来の体調を見通す段階です。
- 性能評価・健全度(けんぜんど)判定:橋が要求性能を満たしているかどうかを評価し、健全度を判定します。医師が診断を下す場面に近い段階です。
- 対策(補修・補強):要求性能を満たさない、あるいは満たさなくなりそうと判断されれば、補修(ほしゅう)や補強(ほきょう)といった手当てを行います。治療にあたる段階です。
- 検証・計画の見直し:対策の効果を確かめ、その結果を踏まえて維持管理計画そのものを見直します。そして、また計画の段階へと戻っていきます。
この流れを、人の健康管理になぞらえて一覧にすると、次のようになります。
| 段階 | 橋でやること | 人の健康にたとえると |
|---|---|---|
| 計画 | 維持管理計画を立てる | 健康管理の方針を決める |
| 点検 | 変状を見つけ、データを記録する | 健康診断を受ける |
| 劣化の予測 | 今後の状態変化を予測する | 将来の体調を見通す |
| 性能評価・健全度判定 | 要求性能を満たすか診断する | 医師が診断する |
| 対策 | 補修・補強で手当てする | 治療する |
| 検証・見直し | 効果を確かめ計画を改める | 経過を見て方針を見直す |
大切なのは、この輪を回し続けることです。一度対策をして終わりではなく、点検・診断・対策・見直しを繰り返すことで、橋は長く健やかに保たれます。なお、ひび割れやさびといった橋の「声なき声」をどう読み取るかについては、前回の記事でも触れています。
【橋とのコミュニケーション|「用・強・美」で橋を見て、声なき声を聴く】
https://hashiwatashi.com/bridge-communication/
悪くなる前に手を打つ——予防保全の発想
維持管理の進め方には、大きく二つの考え方があります。一つは、橋に大きな傷みが現れてから直す「事後保全」。もう一つは、傷みが深刻になる前に、こまめに手を入れていく「予防保全」です。
人の体でいえば、病気になってから治療するのが事後保全、ふだんから健康に気を配って病気を未然に防ぐのが予防保全にあたります。一見すると手間がかかるようでいて、予防保全のほうが、結果として橋を長持ちさせられ、費用も人手も抑えられることが多いと考えられています。小さな傷みのうちに直しておけば、大がかりな補修や架け替えを避けられるからです。
多くの橋がいっせいに高齢化していくこれからの時代、限られた予算と人手のなかで橋を守り続けるために、この予防保全の発想がますます重要になっています。
橋の「カルテ」をつくる——記録と管理図
維持管理サイクルを上手に回すうえで、欠かせないものがあります。橋一つひとつの「カルテ」です。
人の健康管理にカルテが欠かせないように、橋にも、これまでの経歴をまとめた記録が必要です。設計図書、しゅん工図(完成時の図面)、検査や点検の結果——こうした記録の積み重ねが、その橋の状態を読み解くための手がかりになります。
なかでも重要なのが「管理図」です。これは、その橋の正確で詳しい情報を一枚にまとめた、いわば台帳のような図面です。施工の段階で追加や変更があった部材、橋に残された架設用の部材なども含めて、完成時のありのままの姿を反映させておきます。さらに、部材一つひとつに番号を付け、点検で得るデータと対応づけておくことで、「どの部材が、いつ、どんな状態だったか」をたどれるようにします。
こうして集めた点検データを蓄積し、データベースとして活用すれば、劣化の予測や対策の判断はより確かなものになります。それだけではありません。こうした記録は、担当する技術者が代替わりしても、橋の履歴を次の世代へと引き継ぐ役割も果たします。橋は人よりもずっと長く生きるため、誰が見てもその橋のたどってきた道のりがわかる記録の積み重ねが、何十年にもおよぶ維持管理を静かに支えているのです。近年は、こうしたデータの取得や活用に、デジタル技術が大きな力を発揮するようになってきました。
【ICTとAIが変える橋づくり】
https://hashiwatashi.com/bridge-ict-ai/
維持管理とマネジメント——時間と空間で橋を守る
ここまでは一つの橋に注目してきましたが、視野を広げると、維持管理はもっと大きな枠組みの一部でもあります。
社会のインフラを守る営みは、大きく「維持管理」と「マネジメント」の二つからとらえられます。維持管理が、橋そのものや、それを取り巻く自然環境、さらには法律や制度といった、目の前の対象を手入れする活動だとすれば、マネジメントは、それらを時間軸と空間軸の両面から賢く運用していく、より大きな視点の取り組みです。
時間軸とは、橋をいかに長持ちさせるかという「長寿命化」の視点。空間軸とは、地下から地上、空中まで広がる構造物全体を、いかに健全に保つかという「健全化」の視点です。一つの橋を丁寧に手入れすることと、社会全体に広がる無数の橋を、限られた予算と人手のなかで賢く守り続けること。こうした社会資本全体を計画的に運用していく考え方は「アセットマネジメント」とも呼ばれます。橋の維持管理は、目の前の一橋への手当てと、社会全体を見渡すこの大きな視点とが手を取り合うことで、はじめて成り立っているのです。
まとめ
今回は、第6章の入り口として、橋の維持管理の考え方を見てきました。要点を振り返ります。
- 橋も人と同じく歳をとり、日本の橋は高度経済成長期に造られたものを中心に高齢化が進んでいる
- 維持管理の目的は、橋が要求性能の水準を、供用期間を通じて満たし続けるようにすること
- 維持管理は、計画・点検・劣化の予測・性能評価・対策・見直しという「サイクル」で進める
- 橋ごとの記録や管理図(カルテ)を整え、点検データを蓄積・活用することが土台になる
- 一つの橋の手入れと、社会全体のインフラを賢く守るマネジメントは、車の両輪である
橋を守るとは、点検し、診断し、必要なら手当てをして、その記録を積み重ねていく——その地道なサイクルを、何十年も回し続けることにほかなりません。次回からは、このサイクルを構成する点検や診断、対策の一つひとつを、もう少し詳しく見ていきます。


コメント