はじめに
第3章までは、橋をどう「設計するか」をテーマに記事を重ねてきました。ここからは、設計された橋を実際にどう「造るか」というプロセスに話を進めていきます。
橋を造るとき、設計者や施工者は何を意識しているのでしょうか。単に図面通りに建設するだけではなく、その背後には、橋の一生を見据えた長期的な視点があります。建設費だけでなく、完成後の維持管理や更新までを含めたコスト、橋を長く使うための工夫、そして地震や台風といった災害への備え。これらが、橋を造るときの根底にある考え方です。
この記事では、橋を造るときに大切にされる3つの視点、ライフサイクルコスト、長寿命化、災害対策について見ていきます。橋ができるまでの基本的な流れについては、以下の記事で整理しています。
【橋ができるまで|計画から完成までの流れを解説】 https://hashiwatashi.com/how-bridges-are-built/
ライフサイクルコストという考え方
橋を造るときのコストというと、まず思い浮かぶのは建設費です。橋を建設するためにいくらかかるか。これは確かに重要な要素です。しかし、橋は造った後も長い年月にわたって使われ続けます。その間、点検や補修、塗装の塗り替え、部材の取り替えといった維持管理が必要になります。やがては大規模な更新や架け替えの時期も訪れます。
これらすべてのコストを含めて、橋の一生にかかる総費用を考える視点を「ライフサイクルコスト」と呼びます。
ライフサイクルコストには、大きく分けて3つの段階のコストが含まれます。1つ目は「初期建設費」、つまり計画・設計・建設にかかるコストです。2つ目は「維持管理費」で、定期点検、塗装の塗り替え、支承(ししょう)の取り替え、伸縮装置の取り替え、舗装の打ち換え、防水層の更新、排水装置の更新、床版の補修や更新といった、長年の維持管理にかかるコストです。3つ目は「更新費」で、橋を架け替える、あるいは廃棄・処分するときのコストです。
これらに加えて、見落とせないのが「社会的損失」というコストです。橋の補修や架け替えのために通行を制限すると、渋滞が発生し、騒音や振動、大気汚染が増え、交通時間が延び、燃料費の増加や配達物の遅れなど、社会全体に影響が広がります。こうした目には見えにくいコストも、ライフサイクルコストの一部として考えられるようになってきています。
近年、ライフサイクルコストに占める維持管理・更新の割合は、年々増加しています。多くの橋が、維持管理や更新の時期を迎えているからです。建設のときだけを見るのではなく、橋の一生を通じたコスト全体を見据えて造ることが、現代の橋づくりの基本になっています。
橋の維持管理の重要性については、以下の記事でも整理しています。
【橋の維持管理が大切な理由|点検・補修・補強で橋を長く守る】 https://hashiwatashi.com/bridge-maintenance/
長寿命化という視点
ライフサイクルコストの考え方と表裏一体にあるのが、「長寿命化」という視点です。橋を長く使えるように造ることが、結果としてライフサイクルコストの低減にもつながります。
ここで一つ大切なのは、橋の「設計寿命」と「機能上の寿命」は別だということです。設計寿命とは、設計基準の中で「これくらいの期間は持つように設計しましょう」と決められた目安です。たとえば、アメリカでは75年、イギリスでは120年といった数字が設計基準に書かれています。しかし、これはあくまで設計上の目安であって、橋が物理的にその年数で壊れるという意味でも、機能上それ以上使えないという意味でもありません。
実際には、適切な維持管理を行えば、橋は設計寿命を超えて長く使い続けることができます。逆に、維持管理を怠れば、設計寿命より早く機能を失うこともあります。長寿命化を図ることは、橋という社会資本を後の世代に引き継いでいくうえで、非常に重要な考え方です。
橋を長く使うための工夫は、設計や施工の段階から始まります。劣化しにくい材料を選ぶこと、補修や点検がしやすい構造にしておくこと、防水や排水を丁寧に設計しておくこと。こうした地道な配慮の積み重ねが、橋の寿命を大きく左右します。
日本の橋づくりでは、長寿命化に向けたさまざまな新技術が試みられています。東京湾に架かる東京ゲートブリッジは、その一例です。
新技術の事例:東京ゲートブリッジ
東京ゲートブリッジは、東京港の第三航路を跨ぎ、中央防波堤外側埋立地と江東区若洲を結ぶ橋として、2012年に開通しました。橋長2,618メートル、主橋梁部760メートルの大規模な橋で、鋼3径間連続トラスボックス複合橋という構造形式を採用しています。
この橋が新技術の象徴とされるのは、特殊な立地条件に応えるための独創的な設計と、長寿命化への配慮が随所に施されているからです。
橋の下には大型船舶が通る東京港第三航路があるため、桁下の高さを54.6メートル以上確保する必要があります。一方で、橋の上空には羽田空港を離発着する航空機が通るため、構造の高さを87.8メートル以下に抑える必要があります。下からも上からも厳しい高さ制限がある中で、いかに長スパンを実現するか。これが、設計上の大きな課題でした。
この制約から選ばれたのが、トラスと箱桁を一体化した複合構造です。吊橋や斜張橋は、塔の高さが必要になるため空域制限に引っかかります。一般的なトラス橋は構造高が大きくなりがちで、これも空域制限の課題があります。そこで、トラスと箱桁を組み合わせることで、必要な構造性能を保ちながら、高さを抑える独自の解が見出されました。
向かい合う恐竜のようなその特徴的な外観から「恐竜橋」とも呼ばれ、東京港のランドマークとして親しまれています。立地の制約に対して、新しい構造形式を生み出すことで応えた、現代の橋づくりの優れた事例と言えます。
災害への備え
橋を造るときの3つ目の視点が、災害への備えです。近年、地震や台風などの自然災害が大規模化・多頻度化しており、橋の災害対策はこれまで以上に重要なテーマになっています。
橋の災害対策で最優先されるのは、人命を護ることです。橋が大きな被害を受けても、利用者の命が守られること、橋全体が落橋してしまわないこと。これが最低限の条件です。そのうえで、橋の被害をできるだけ最小限に抑え、災害後にできるだけ短期間で復旧できるように、あらかじめ検討しておくことが求められます。
橋は災害時の救援や復旧活動の生命線でもあります。橋が使えなくなれば、被災地への救援が遅れ、復興にも時間がかかります。逆に、橋が早期に復旧できれば、被災地の生活再建を大きく後押しできます。だからこそ、橋を造るときには、災害時にどう振る舞うかを想定した設計が欠かせないのです。
橋の点検や補修の現場でも、災害への備えは大きなテーマです。設計の段階で災害対策を組み込むことと、既設の橋を補強して災害に備えることは、橋を社会のインフラとして守り続けるための両輪と言えます。日本のように地震や台風の多い国では、特にこの視点が重要視されています。
橋の耐震設計の考え方については、以下の記事でも整理しています。
【耐震設計の考え方|地震に強い橋を造るための3つの考え方】 https://hashiwatashi.com/bridge-seismic-design/
橋を造る基本的な流れ
橋を造る作業は、大きく分けて「下部工」と「上部工」という2つの段階で進められます。
下部工は、橋を地盤に根付かせる部分の工事です。まず基礎を造り、次に橋脚や橋台を構築します。橋の足元をしっかりと固める段階で、ここがしっかりしていないと、その上にどんなに立派な構造物を造っても安全な橋にはなりません。
上部工は、人や車が通る部分の工事です。下部工が完成した上に、主桁を架設し、床版のコンクリートを打設し、最後に舗装を仕上げていきます。橋の主役となる部分を、下から順に組み立てていく作業です。
下部工から上部工へ。この基本的な流れは、現代の道路橋づくりに共通する基本的な手順です。
まとめ
この記事では、橋を造るときの考え方を、ライフサイクルコスト、長寿命化、災害対策という3つの視点から見てきました。
ライフサイクルコストは、橋の一生にかかる総費用を見据える視点であり、建設費だけでなく維持管理費や更新費、社会的損失までを含めて橋づくりを考えます。長寿命化は、橋を長く使い続けるための工夫を、設計と施工の段階から組み込む視点です。災害対策は、人命を護り、橋の被害を最小限に抑え、早期復旧を可能にするための備えです。
東京ゲートブリッジのような新技術の活用も、こうした考え方を実現するための一つの方向性です。立地の制約に対して新しい構造形式で応える発想は、現代の橋づくりの可能性を示しています。
橋を造るという行為は、その瞬間だけで完結するものではありません。橋の一生を見通し、未来の社会への責任を意識する。それが、現代の橋づくりに求められる根本的な姿勢なのだと思います。


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