ガーゼ拭き取り塩素イオン検知管法とは?|塗替えの品質を守る塩分測定のしくみと手順を解説

ガーゼ拭き取り塩素イオン検知管法とは? 橋梁

ガーゼ、ビーカー、ビニル手袋、そしてガラスの検知管。理科の実験室の道具のようですが、これは橋の現場の検査キットです。セロファンテープで錆の質を診る試験を以前紹介しましたが、今回はその仲間——ガーゼで「塩の量」を測る検査、ガーゼ拭き取り塩素イオン検知管法です。

名前は長いものの、やっていることは名前のとおり。ガーゼで拭き取り、塩素イオンを、検知管で測る。ではなぜ、橋の表面の塩を、そこまでして測るのか。答えは、塗装の塗替えの成否が、塗る前に決まってしまうからです。ここでは、塩が塗膜の敵である理由から、50mg/㎡という関門、検査のしくみと手順、利点と欠点までを、基礎から解説します。

なぜ、塩を測るのか——塗膜の下の見えない敵

塩分——塩化物イオンは、鋼材の腐食を促す最大級の存在です。海からの潮風に乗って飛んでくる飛来塩分、冬の道路にまかれる凍結防止剤。橋の表面には、環境に応じて塩分が付着し、蓄積していきます。海岸部の橋だけの話ではありません。凍結防止剤がまかれる山間部や寒冷地の橋でも、路面から流れ、巻き上げられた塩分が、桁の端部や下フランジの上面といった「水と汚れの通り道」に、静かに溜まっていきます。点検で腐食が目立つのも、まさにそうした場所です。

この塩がとりわけ厄介になるのが、塗装の塗替えのときです。古い塗膜の上や、素地調整した鋼材の面に塩分が残ったまま新しい塗料を塗ると、どうなるか。塩は塗膜の下に封じ込められ、水分を呼び寄せながら、鋼材の腐食をこっそり進めます。やがて塗膜は内側から膨れ、剥がれ、せっかくの塗替えが早々にだめになってしまう。塗膜の下の腐食は、表からは見えません。つまり、塗ってしまった後では、手遅れなのです。

だから、鉄則はこうなります。塗る前に、塩を落とす。そして、落ちたことを確かめてから、塗る。この「確かめる」を受け持つのが、今回の検査です。

【鋼橋の点検・補修・補強|鋼材の損傷の種類と防食・補強の方法】 https://hashiwatashi.com/steel-bridge-maintenance/

50mg/㎡という関門

では、塩分はどこまで落とせばよいのでしょうか。実務には、明確な物差しがあります。

鋼道路橋の防食の基準類では、塗装面の付着塩分量の管理の目安として、1平方メートルあたり50mg——50mg/㎡という数値が広く用いられています。塵あいが付着していたり、塩分の付着量がこの値以上の場合には、塗装を行う直前に、水洗いなどによって十分に清掃しなければならない、と各種の要領で定められているのです。

50mgといえば、ひとつまみの塩のさらにほんのわずか。それが1平方メートルという広さに対する上限なのですから、求められる清浄さの水準がうかがえます。水洗いで塩を流し、この検査で測り、基準を下回ったことを確かめて、ようやく塗装にかかれる——ガーゼ拭き取り塩素イオン検知管法は、塗替え工程の門番として立っているのです。

検査のしくみ——拭き取り、溶かし、変色で読む

この検査は、対象を傷めずに表面の塩分量を調べる方法で、しくみは三段構えです。

第一段が、拭き取り。塗膜表面の塩分を、湿らせたガーゼで物理的に拭き取って回収します。第二段が、溶解。拭き取ったガーゼを脱イオン水(イオンを取り除いた、限りなく純粋な水)の中ですすぎ、塩分を水に溶かし込みます。もとの水には塩分がいっさい含まれていないので、この水に含まれる塩化物イオンは、すべて橋の表面から来たもの、という理屈が成り立ちます。

そして第三段が、検知管による測定です。塩素イオン検知管は、細いガラス管に試薬を詰めたもので、学校の理科で使った気体検知管の兄弟のような存在。管の先を試料の水に浸すと、毛細管現象で液がするすると管を上っていき、水中に塩化物イオンがあれば、試薬と反応して管の下端から白色の変色層ができていきます。液が上端まで達したら管を引き上げ、変色層の先端が指す目盛りを読む——それが塩素イオン濃度(ppm)です。濃度が高いほど、変色層は長く伸びる。塩の量が、白い層の長さになって現れるのです。

手順①——試料の採取:塩を一粒も逃さない作法

検査の信頼性は、採取の作法で決まります。書籍や技術資料に示された手順を、その意味とともに整理します。

手順やることその意味
計測箇所をマスキングテープで正確に仕切る(面積0.25㎡)面積は塩分量計算の分母。ここが不正確だと、すべてが狂う
脱イオン水で十分洗浄したビニル手袋を着ける手の汗や汚れの塩分を、試料に持ち込まないため
洗浄したビーカーに脱イオン水100mlを入れる塩分ゼロの水だからこそ、増えた分がすべて「橋の塩」と言える
④〜⑥湿らせたガーゼで計測面を平行方向に拭き、ビーカーの水ですすぐ面の塩分をガーゼへ移し、水へ溶かし込む。計測面の外に水をたらさない
拭き取りとすすぎを3回繰り返す向きを変えながら拭き、拭き残しなく塩分を回収する
手袋を50mlの脱イオン水でよく洗い、ビーカーに加える手袋に付いた塩まで回収し、合計150mlの試料液とする

注目したいのは、最後の一手です。作業した手袋まで脱イオン水で洗い、その水も試料に合わせる。ガーゼに付いた塩も、手袋に移った塩も、一粒残らず勘定に入れる——塩を逃さないこの執念こそが、「採取試料量が多いため誤差が少ない」というこの方法の利点を支えています。

手順②——測定と計算:濃度から「面の塩分量」へ

採取した試料液が濁っているようならろ過し、いよいよ測定です。検知管の両端をヤスリで切って開封し、目盛りの数値が小さいほうを下にして、試料液に立てます。液が上端まで浸透したら引き上げ、白い変色層の先端の目盛りから、塩素イオン濃度(ppm)を読み取ります。

最後にひと計算。知りたいのは水の濃度ではなく、橋の表面1平方メートルあたりの塩分量です。読み取った濃度と、試料液の体積(150ml)、計測した面積(0.25㎡)から、付着塩分量(mg/㎡)を算出します。たとえば濃度が80ppm(=1リットルあたり80mg)なら、150mlに含まれる塩素イオンは12mg。それが0.25㎡から採れたのですから、1㎡あたりに直すと48mg/㎡——基準の50mg/㎡を、ぎりぎり下回る計算になります。理科の実験そのものの手つきで、現場の合否判定が下るのです。

利点——その場で、はっきり、繰り返し測れる

この方法の利点は、実務に直結しています。まず、拭き取りで採取する試料の量が多いため、検知管による測定でも誤差が少ないこと。そして、測定した直後に、塩化物の付着の程度が明確に判断できること。持ち帰って分析に回すのではなく、現場で答えが出るのです。

さらに、塩分の除去後の管理にも適用できること。つまり、水洗いをして、測る。まだ多ければ、もう一度洗って、また測る。合格するまで繰り返せる——洗浄と測定のサイクルを現場で回せることが、塗替え品質の門番としての実用性を支えています。

欠点——水を「吸い込む」塗膜が苦手

一方で、この方法には素直な弱点があります。ぬらしたガーゼで拭き取るという原理そのものに由来する弱点です。

塗膜の中には、表面が多孔質で水を吸い込みやすいものがあります。代表が、重防食塗装の下塗りに使われる無機ジンクリッチペイントや、MIO(雲母状酸化鉄)塗料の塗膜面です。こうした面では、ガーゼの水分が塗膜に著しく吸い込まれてしまい、表面の塩分を十分に拭き取れません。結果として、実際より少ない塩分量が出てしまう——値が不正確になりやすいのです。測る相手の塗膜が何であるかを知ったうえで使う。道具の限界を知ることも、検査の腕のうちです。

なお、付着塩分の測り方はガーゼ拭き取りだけではありません。小さな測定セルを表面に当てて塩分を溶かし出すブレッセル法や、電気の通りやすさから塩分を見積もる電気伝導度法など、面積や状況に応じた兄弟手法があり、現場条件に合わせて選ばれています。

塩との闘いは、いまも続く

セロファンテープ試験が耐候性鋼の「錆の質」を診る布だったように、ガーゼは塗装鋼材の「塩の量」を測る布です。身近な道具に、確かな作法と化学を組み合わせて、鋼の防食の急所を押さえる——二つの検査は、よく似た思想でできています。

【セロファンテープ試験とは?|耐候性鋼の「良い錆」をテープで診るしくみと手順を解説】 https://hashiwatashi.com/cellophane-tape-test/

そして、塩との闘いは現在進行形です。近年の研究では、素地調整で基準値を下回った面にも、なお塩分が残留しうることが報告されており、イオンの力で塩分を吸い出す脱塩シートのような新技術の開発も進んでいます。50mg/㎡という関門を守る検知管の検査は、これからも、進化する除塩技術の「答え合わせ役」として働き続けるはずです。

【非破壊検査とは?|壊さずに橋の中を診る11の方法を解説】 https://hashiwatashi.com/non-destructive-testing/

まとめ

この記事では、ガーゼ拭き取り塩素イオン検知管法を解説しました。

この検査は、塗膜表面の塩分を湿らせたガーゼで拭き取り、脱イオン水に溶かし、検知管の白い変色層の長さで塩素イオン濃度を読み、面積あたりの付着塩分量を算出する方法です。塩分は塗膜の下で腐食を進める見えない敵であり、50mg/㎡という関門を確かめてから塗る——その門番がこの検査でした。0.25㎡を区切るテープから、手袋まで洗う執念の採取、理科室のような検知管の測定まで、一つひとつの作法が数字の信頼を支えています。

塗替えの良し悪しは、塗る腕前の前に、塩を落とし切れたかで決まる。ガーゼ一枚と検知管一本が、何億円もの塗替え工事の品質を左右する——小さな道具の大きな責任を、この検査は教えてくれます。

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