塗装は、鋼橋を錆から守る鎧です。ではその鎧は、いったい何ミリの厚さで塗られているのでしょうか。そして、その厚さは誰が、どうやって確かめているのでしょうか。
塗膜の厚さは、防食の性能を直接左右します。薄ければ守りきれず、厚ければ良いというものでもない。だからこそ、塗り終えた膜の厚さを測る工程が、塗装の品質管理には欠かせません。ここでは、塗膜厚を測る代表的な道具である電磁式膜厚計のしくみから、磁石の付かない金属に使う渦電流膜厚計との違い、そして「平均・最小・ばらつき」の三段構えで定められた管理基準値までを、基礎から解説します。
なぜ、塗膜の厚さを測るのか
塗膜厚が防食性能を左右する理由は、単純です。塗膜は、水と酸素と塩分を鋼材から隔てる壁だからです。壁が薄ければ、腐食因子は早く到達します。とりわけ問題になるのが、部分的に薄い箇所です。塗膜は、全体が均一に薄いよりも、一部だけが極端に薄いほうが危険です。腐食は、いちばん弱いところから始まるからです。
一方で、厚ければ厚いほど良いわけでもありません。厚塗りは乾燥不良や、塗膜自身のひび割れ、たれの原因になり、材料の無駄にもなります。設計で定めた目標の厚さに、狙って仕上げる——それが塗装という工事の勘どころであり、その達成度を確かめるのが、塗膜厚測定という工程です。
鋼橋の塗装が担う役割の全体像は、こちらで整理しています。
【鋼橋の点検・補修・補強|鋼材の損傷の種類と防食・補強の方法】 https://hashiwatashi.com/steel-bridge-maintenance/
電磁式膜厚計とは——磁気の通り道の「遠さ」を測る
塗膜厚の測定に使われる代表的な道具が、電磁式膜厚計です。測るのは、乾燥した塗膜の厚さ(乾燥塗膜厚)です。
原理はこうです。鉄芯コイルを内蔵したプローブ(探触子)を鉄に近づけると、その距離のわずかな変化に対応して、コイルのインダクタンス(コイルの電磁気的な性質を表す量)が変化します。この変化を利用して、鉄素地に塗布した非磁性の皮膜の厚さを測定するのです。
もう少しかみ砕きましょう。コイルのプローブを鋼材に当てると、コイルから出た磁気が鋼材へと流れ込みます。このとき、プローブと鋼材のあいだに塗膜という「磁気を通さない層」があると、磁気にとっては鋼材が遠くにあるのと同じことになります。塗膜が厚いほど、鋼材は「遠い」。その遠さが、コイルの電気的な状態の変化として現れる——それを厚さに換算しているわけです。
つまり、膜厚計が直接測っているのは、塗膜そのものではありません。測っているのは、プローブから鋼材までの距離です。塗膜の厚さを、磁気にとっての「距離」に置き換えて測る。前回の電導度法が塩の量を「電気の通りやすさ」に置き換えたのと、同じ発想の測定です。
【電導度法とは?|電気の通りやすさで付着塩分を測るしくみと手順を解説】 https://hashiwatashi.com/conductivity-method/
この方式は、規格の世界では磁気誘導式とも呼ばれ、比較的低い周波数の交流磁場を使うのが特徴です。素地が鉄や鋼、フェライト系ステンレスといった磁性金属であること、そして皮膜が磁気を帯びない非磁性であることが、適用の条件になります。
もう一つの方式——渦電流膜厚計
では、アルミニウムやステンレスのように、磁石の付かない金属に塗られた塗膜はどう測るのでしょうか。磁気が流れ込む相手がいないのですから、電磁式は使えません。
そこで登場するのが、渦電流膜厚計です。こちらは、高周波電流をコイルに流したプローブを金属に近づけると電流が強く流れ、離すと弱く流れるという原理を利用します。プローブが金属に近いほど、金属の表面に生じる渦電流の影響が強く返ってくる。その強弱から、プローブと金属素地との距離——すなわち絶縁性皮膜の厚さを求めるのです。
ここで、以前扱った渦流探傷試験を思い出してください。コイルの交流磁界が金属表面に渦電流を起こし、その変化をコイル側で読む。渦電流膜厚計は、まったく同じ物理を使っています。違うのは、読み取る対象です。探傷では、渦電流の「乱れ」からきずを読む。膜厚計では、渦電流の「強弱」から距離を読む。同じ現象を、傷を探すためにも、厚さを測るためにも使える——電磁気の応用範囲の広さが、よく表れています。
【渦流探傷試験(ET)とは?|塗膜の上から亀裂を探す渦電流のしくみを解説】 https://hashiwatashi.com/eddy-current-testing/
二つの方式を整理しておきましょう。
| 項目 | 電磁式(磁気誘導式) | 渦電流式 |
|---|---|---|
| 使う電気 | 低い周波数の交流磁場 | 高い周波数の交流 |
| 読むもの | コイルのインダクタンスの変化 | 渦電流の強弱 |
| 素地の条件 | 鉄・鋼など磁性金属 | アルミ・ステンレスなど非磁性の導電性金属 |
| 皮膜の条件 | 非磁性の皮膜 | 絶縁性の皮膜 |
| 橋での主な出番 | 鋼橋の塗装 | アルミ製の付属物などの皮膜 |
鋼橋の塗装管理で主役となるのは、素地が鋼材である以上、電磁式のほうです。現場で使われる機器には、両方式を自動で切り替えて測れるものもあります。
測定の実際——ゼロ点を合わせ、垂直に当て、数多く測る
測定そのものは、プローブを塗膜面に当てて数値を読むだけの、ごく短い作業です。しかしその値を信頼できるものにするには、いくつかの押さえどころがあります。
第一に、測る前の校正です。測定に先立ち、塗膜のない素地面や標準片を使って、ゼロ点や既知の厚さを合わせておきます。ものさし自体が狂っていては、いくら丁寧に測っても意味がありません。反発硬度法でテストアンビルを使ってハンマーを点検し、電導度法で計測セルのゼロを確かめたのと、まったく同じ思想です。
第二に、プローブの当て方です。塗膜面に対して垂直に、しっかり密着させて当てます。傾いていたり、浮いていたりすれば、その分だけ「素地が遠い」と判定され、厚く出てしまいます。
第三に、測る場所と数です。塗膜の厚さは、同じ部材の中でも場所によってばらつきます。刷毛やスプレーの動き、部材の形状、施工の姿勢——さまざまな要因で、厚い場所と薄い場所が生まれます。だからこそ、一点だけ測って判断することはできません。定められたロット(管理の単位)ごとに、決められた数の測定点を取り、統計的に評価します。この「数多く測る」という前提が、次に見る管理基準値の三段構えにつながっていきます。
管理基準値——平均・最小・ばらつきの三段構え
鋼道路橋の防食の基準では、塗膜厚の合否を、三つの条件で判定します。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 平均値 | ロットの塗膜厚平均値は、目標塗膜厚合計値の90%以上であること |
| 最小値 | 測定値の最小値は、目標塗膜厚合計値の70%以上であること |
| ばらつき | 測定値の分布の標準偏差は、目標塗膜厚合計値の20%を超えないこと |
この三段構えには、明快な思想が込められています。
平均値の条件は、全体としてきちんと塗れているかを見ます。ここだけなら、直感的にも分かりやすい基準です。
しかし、平均だけでは不十分です。平均が足りていても、局所的に極端に薄い場所があれば、そこから腐食が始まります。だから最小値の条件で、いちばん薄い場所にも下限を設けます。腐食は最も弱いところから始まる——冒頭で述べた原則が、そのまま基準になっているわけです。
そして三つめ、標準偏差の条件。標準偏差とは、測定値のばらつきの大きさを表す統計量です。平均も最小も満たしているのに、なぜばらつきまで問うのか。理由は、ばらつきの大きい塗装は、たまたま測らなかった場所に薄い箇所が潜んでいる可能性が高いからです。測定は、あくまで抜き取りです。ばらつきが小さければ、測らなかった場所も似た厚さだろうと信頼できますが、ばらつきが大きければ、その推測が成り立ちません。標準偏差の条件は、いわば「施工の均一さ」そのものを問う基準であり、測っていない場所の品質を担保するための知恵なのです。
平均で全体を、最小で最弱点を、標準偏差で施工のばらつきを。三つの物差しで塗膜の品質を立体的に捉える——単に「厚さを測る」だけに見えるこの工程が、実は統計的な品質管理の考え方に支えられていることが分かります。
点検・維持管理の場面での塗膜厚
塗膜厚測定は、新しく塗ったときの品質確認だけのものではありません。供用中の橋の点検や、塗替えの計画づくりでも活躍します。
現在の塗膜が、設計上の厚さに対してどれだけ残っているのか。特定の部位だけ薄くなっていないか。塗替えの範囲や仕様を決めるとき、こうした情報は判断の土台になります。塗膜は、紫外線や風雨、飛来塩分にさらされて、少しずつ痩せていく消耗品です。その減り具合を数字でつかむことは、いつ塗り替えるべきかという、維持管理のもっとも実務的な問いに答えることでもあります。
そして、塗替えの前には、これまで見てきた検査たちが控えています。付着塩分を測り、必要なら洗い、素地の状態を確かめ、塗る。塗り終えたら、膜厚を測って合否を判定する。塗装という工事は、実は「測る」工程に何重にも囲まれているのです。
【非破壊検査とは?|壊さずに橋の中を診る11の方法を解説】 https://hashiwatashi.com/non-destructive-testing/
まとめ
この記事では、塗膜厚測定と電磁式膜厚計を解説しました。
電磁式膜厚計とは、鉄芯コイルのプローブを鋼材に近づけたときのインダクタンスの変化から、プローブと素地との距離、すなわち塗膜の厚さを測る道具です。磁石の付かない金属には、渦電流の強弱で距離を読む渦電流膜厚計が使われ、こちらは渦流探傷試験と同じ物理を、傷ではなく厚さの測定に応用したものでした。そして測定値の評価は、平均値90%以上・最小値70%以上・標準偏差20%以下という三段構えで行われ、全体の出来と、最も弱い箇所と、施工の均一さを、それぞれ別の物差しで問うています。
塗装の良し悪しは、塗り上がりの見た目では分かりません。艶やかに見える塗膜が、実は基準に届いていないこともある。目に見えない厚さを数字にして、統計で品質を語る——塗膜厚測定は、鋼橋の鎧の性能を、確かめられるものにするための工程なのです。


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