道路橋の定期点検はなぜ義務化されたのか|高齢化するインフラと近接目視の理由

道路橋の定期点検はなぜ義務化されたのか 橋梁

橋は、架けたら終わりではありません。造られたその日から、風雨にさらされ、車に踏まれ、少しずつ年を取っていきます。

そして日本には、その橋が約73万あります。しかも、その多くがほぼ同じ時期に造られたために、いま一斉に年を重ねつつある。2014年、法令によって、すべての道路橋に5年に1度の点検が義務づけられました。ここでは、なぜそれが必要になったのか、どのような制度として定められたのか、そしてなぜ「技術者が近づいて、自分の目で見る」ことが求められたのかを、順を追って整理します。

約73万橋という規模

まず、数字から確かめます。日本には、橋長2m以上の道路橋が約73万橋あります。

その多くは戦後、とりわけ高度経済成長期に集中的に建設されました。国が同じ時期に大量の橋を架けたということは、それらが同じ時期に高齢化するということでもあります。建設後50年以上を経過した道路橋の割合は、2020年時点で約3割。それが2030年には約5割を超え、2040年には約75%——4本のうち3本が、築50年以上になると見込まれています。

さらに、見過ごせない事実があります。建設年度が分からない橋が、約23万橋あるということです。記録が残っていないということは、少なくとも新しい橋ではありません。しかも、道路橋の大半は市区町村が管理しており、その自治体では技術職員の減少も進んでいます。膨大な橋、限られた人手。この構図が、日本のインフラ維持管理の出発点にあります。

【インフラ老朽化問題|数字で見る現状と、私たちにできること】 https://hashiwatashi.com/infrastructure-aging-japan/

橋は、造られた時代の基準で立っている

ここで、一つ大切な視点があります。道路橋は、決していい加減に造られてきたわけではない、ということです。

日本の道路橋は、その時々の最新の知見と社会情勢を反映しながら改定を重ねてきた、統一的な技術基準によって造られてきました。どの時代の橋も、その時代の最善を尽くして設計されています。

しかし、橋には一つの宿命があります。一度架けられると、何十年にもわたって使われ続けるということです。その長い年月のあいだに、橋を取り巻く環境は変わっていきます。交通量が増え、車両が大型化し、橋が受ける荷重の条件は建設当時とは別物になっていく。

それだけではありません。調査研究が進むにつれて、過去には知られていなかった劣化現象や損傷の形が明らかになることがあります。コンクリート内部の骨材が水分と反応して膨張し、ひび割れを生むアルカリシリカ反応。飛来塩分や凍結防止剤が鉄筋を腐食させる塩害。車両の通過が繰り返し与える力によって、鋼材にじわじわと亀裂を育てる疲労。これらはいずれも、そのしくみが解明され、設計に反映されるまでに長い時間がかかりました。

設計した技術者が悪いのではなく、当時の科学がまだそれを知らなかった。だから既設の橋の中には、建設当時には想定できなかった劣化や損傷によって、性能が下がってくるものがあるのです。

橋は、造られた時代の知識の上に立っています。その事実が、点検という営みを必要にします。

加えて、災害の国であること

もう一つ、日本ならではの事情があります。地震、台風、豪雨。自然災害によって、道路橋が被害を受けることがあるという現実です。

経年による劣化は、時間をかけてじわじわと進みます。一方、災害による損傷は、ある日突然やってきます。性質のまったく違う二つの脅威に、同じ橋が同時にさらされている。日本の橋の維持管理が難しいのは、この重なりゆえでもあります。

だから、見る必要がある

こうして生じる劣化や異常に対して、どう向き合うのか。目指すべき姿は、はっきりしています。

適時に手を打つことで、通行機能の障害が起きるのを最小限に抑えること。そして経年的な劣化に対しては、早い段階で異常や予兆を見つけ、深刻になる前に対処すること——予防保全です。壊れてから直すのではなく、壊れる前に手を入れる。

そのためには、橋の最新の状態を点検や調査でつかみ、健全性の診断という評価を的確に行うことが欠かせません。見なければ、予兆には気づけないのです。

【橋の維持管理と想像力|前兆を読み、リスクを見すえる予防保全の考え方】 https://hashiwatashi.com/bridge-maintenance-imagination/

2014年、点検は義務になった

こうした背景のもと、点検は「望ましいこと」から「義務」へと変わりました。

直接の契機となったのは、2012年12月に起きたトンネルの天井板崩落事故です。走行中の車両が巻き込まれ、9名の命が失われました。開通から35年余りの構造物で起きたこの事故は、社会資本の維持管理のあり方に、重い問いを突きつけました。

これを受けて2014年、道路法施行規則の一部を改正する省令と、トンネル等の健全性の診断結果の分類に関する告示が公布・施行されます。ここで定められた内容が、現在の点検制度の骨格です。

定められたこと内容
頻度5年に1回を基本とする
方法必要な知識と技能を有する者が、近接目視により行うことを基本とする
診断点検を行ったときは健全性の診断を行い、告示に示された4つの区分に分類する
記録点検・診断の結果や措置の内容を記録し、供用している間は保存する

橋の健全性を4段階に分類し、記録を残し続ける。この統一のルールによって、全国の橋の状態を同じ物差しで把握できるようになりました。

4つの区分は、機能に支障が生じていない「健全」から、支障はないが予防保全の観点で措置が望ましい段階、早期に措置を講ずべき段階、そして支障が生じているか生じる可能性が著しく高く緊急に措置を講ずべき段階へと、深刻さの順に並びます。点検の結果は、この4つのいずれかとして記録されるわけです。診断の区分については、こちらで詳しく扱っています。

【橋の診断・評価とは?健全度を見きわめる考え方】 https://hashiwatashi.com/bridge-diagnosis/

なぜ「近接目視」なのか

制度の中で、とりわけ重い意味を持つのが、この近接目視という言葉です。

近接目視とは、肉眼によって部材の変状などの状態を把握し、評価が行える距離まで近づいて、目視を行うことを指します。遠くから眺めることでも、写真を後から確認することでもない。技術者自身が、その場所まで行くのです。

なぜ、そこまで求められるのでしょうか。理由は、点検が「見る作業」ではなく「判断する行為」だからです。

道路橋で重大な異常を確実に発見し、それが橋全体に及ぼす影響を的確に判断するには、外観をよく観察するだけでは足りません。打音や触診を技術者自らが行い、橋の構造や、さまざまな劣化事象・損傷についての技術的な知見を総動員する必要があります。そのうえで、緊急性はどの程度か、原因は何か、さらに詳しい調査が必要かどうかまでを、その場で見きわめる。

そして、道路橋には特有の厳しさがあります。非常に小さな損傷であっても、致命的な事故につながることがあるという性質です。だからこそ、すべての部材に対して、技術者自らが近接して診断を行うことが避けられない——制度は、そう判断したのです。

打音や触診といった、実際の点検の手法については、こちらで整理しています。

【橋の点検とは?上部・下部構造の着目点と点検の進め方を解説】 https://hashiwatashi.com/bridge-inspection-basics/

そして、いま

義務化から10年以上が経ち、点検はすでに二巡目、三巡目に入っています。

この制度がもたらした最大の変化は、実は「橋の状態が分かるようになった」ことかもしれません。義務化される以前は、点検の頻度も方法も管理者ごとにばらばらで、そもそも自分が何橋を管理しているのか正確に把握できていない自治体さえありました。全国一律のルールで点検し、同じ区分で診断し、記録を残す。この積み重ねによって初めて、どこにどれだけの橋があり、どれが危ないのかを、国全体として語れるようになったのです。

一方で、義務化は現場の厳しさも浮かび上がらせました。約73万橋を5年で一巡するという作業量。それを担う自治体の技術職員は、増えるどころか減っています。橋の数は変わらず、傷みは進み、人は足りない——この現実は、いまも続いています。

一方で、点検要領は改定を重ね、運用も少しずつ変わってきました。現在では、近接目視によるときと同等の健全性の診断を行える情報が得られると判断できる方法であれば、それによって状態を把握することも認められています。ドローンやセンサーを使った新しい技術が、点検を支える手段として位置づけられつつあるのは、この流れの中でのことです。

【ドローンによる橋梁点検のメリットと課題|現状とこれからを解説】 https://hashiwatashi.com/drone-bridge-inspection/

ただし、技術が変わっても、制度が求めているものの中身は変わりません。重大な異常を確実に見つけ、その意味を的確に判断すること。近接目視という言葉が本当に指していたのは、目で見るという行為そのものではなく、そこで下される技術者の判断だったのです。

まとめ

この記事では、道路橋の定期点検が義務化された背景と、その制度の枠組みを整理しました。

日本には約73万橋の道路橋があり、その多くが同じ時期に建設されたために、いま一斉に高齢化しています。橋はそれぞれの時代の最善の基準で造られてきましたが、長い供用期間のあいだに交通条件は変わり、当時は知られていなかった劣化現象も明らかになってきました。加えて、地震や台風という災害のリスクもある。だからこそ、早期に異常や予兆を見つける予防保全が求められ、2014年、5年に1回・近接目視を基本とする定期点検と、4区分による健全性の診断、そして記録の保存が、法令上の義務として定められました。

橋を渡るとき、その足元が安全であることを、私たちは疑いません。その当たり前は、5年に1度、誰かが橋に近づき、たたき、触れ、判断してきた積み重ねの上にあります。約73万という数の裏には、それだけの回数の診断が積み上げられている——制度とは、その営みを絶やさないための仕組みなのだと思います。

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