高速道路や高架橋の両脇に、延々と続く壁。窓の外の景色を遮り、走っていてもどこか閉塞感のある、あの壁です。
遮音壁は、沿道に暮らす人たちの生活を守るために立っています。ただし、その名前から連想されるほど単純な部材ではありません。壁は音を完全に止められないからです。そして橋の上では、遮音壁は別の顔も見せます。高い位置に張られた大きな面——つまり、風を受ける帆としての顔です。ここでは、遮音壁の原理から、遮音板の種類、橋への取り付け方、そして点検で見るべき点までを解説します。
遮音壁とは——回折を抑えるという発想
遮音壁とは、道路上で発生する音を遮断し、音の回折によって減音を図り、沿道の環境を保全することを目的に設置される壁です。防音壁とも呼ばれます。
この定義の中で、注目すべき言葉が「回折」です。ここを理解すると、遮音壁という部材の本質が見えてきます。
音は、波です。そして波には、障害物の背後へ回り込む性質があります。これが回折です。壁の向こう側が完全な無音にならないのは、このためです。壁の上端まで届いた音は、そこを起点にして再び広がり、背後へ降り注いでいきます。
つまり遮音壁がやっているのは、音を消すことではありません。音に遠回りをさせることです。まっすぐ届くはずだった音を、いったん壁の上端まで登らせ、そこから回り込ませる。この寄り道のぶんだけ、音は弱まって届く。壁の背後にできるのは、無音ではなく「音の影」なのです。
だから、遮音壁の効果は高さで決まります。壁が高いほど、音は大きく遠回りしなければならず、影は濃くなる。単純明快な理屈ですが、ここに設計の悩ましさもあります。高くすれば効くと分かっていても、際限なく高くはできないからです。
遮音板の三つのタイプ
壁を構成する板を、遮音板といいます。大きく三つのタイプに分けられます。
| タイプ | 特徴 |
|---|---|
| 反射型 | コンクリートなどでできており、当たった音を反射する。道路の片側だけに人家がある場合など、反射しても問題のないところに用いられる |
| 吸音型 | 表面の孔あき板の内側に吸音材を収め、音のエネルギーを吸収する。反対側にも人家がある場合などに用いられる |
| 先端改良型 | 壁の上端に特殊な形状や装置を設け、回折そのものを抑えて減音効果を高める |
反射型と吸音型の違いは、道路の反対側に何があるかで決まります。片側にしか人家がなければ、音は反射させてしまってかまいません。しかし両側に人家があれば、反射した音が向かいの家を悩ませることになる。だから吸音する必要が出てきます。壁の選択には、その土地の地理が反映されているわけです。
三つめの先端改良型は、先ほどの回折の話と直結します。回折は壁の上端で起きるのだから、上端の形を工夫すれば回折そのものを抑えられるはずだ——という発想です。壁を高くする代わりに、上端を賢くする。高さに制約がある場所で、有効な手立てになります。
透明な遮音壁という選択
近年、高架橋でよく見かけるのが、透明な遮音壁です。アクリルやポリカーボネートといった、透光性能をもつ材料が使われています。
理由は、音とは別のところにあります。高架橋が長い区間にわたって続くと、不透明な壁は圧迫感を生み、眺望を奪います。沿道の家にとっては、日照を遮る問題も生じます。透光板は、これらを和らげるための選択です。
ただし、良いことばかりではありません。透明な板は、吸音効果が期待できないのです。音を吸わずに反射する、あくまで遮音板としての機能しか持ちません。そのため、片側を透光板にして音を反射させ、その音を対向面の吸音型で受け止めるといった組み合わせが用いられることもあります。コストも高く、採用にあたっては十分な検討が要ります。
材料としての課題もあります。太陽光、温度、湿度、雨といった自然環境に長年さらされるため、高い耐候性が求められます。擦れても傷がつきにくい性質も必要です。それでも経年で白く濁ったり、細かい傷で透明度が落ちたりすることは避けられません。
なお、湾曲した形状の遮音壁を見かけることがありますが、これは透光板でよく採用される形です。垂直な板より構造としての剛性が高く、薄い板厚で効率よく遮音性能を得られるという利点があります。
橋の見え方をどう設計するかという観点は、こちらでも扱っています。
【橋の景観デザイン|橋を美しく見せるための考え方】 https://hashiwatashi.com/bridge-landscape-design/
音は、上からも来る
もう一つ、意外な遮音の工夫を紹介します。高架裏面の吸音板です。
高架道路の下を、別の道路や住宅地が通っている場合を考えてください。走行音は、路面から上へも広がります。その音が高架橋の桁の裏面に当たると、反射して下へ降り注ぐ。壁で横を塞いでも、天井で跳ね返った音が回ってくるわけです。
そこで、高架の裏面にも吸音板を取り付ける対策がとられます。橋の下面を見上げたとき、パネルが張られていることがあるのは、このためです。音は空気を伝わって広がる以上、遮る側もあらゆる方向を想定する必要があります。
橋への取り付け——壁高欄という土台
さて、遮音壁は橋にどのように取り付けられているのでしょうか。
橋梁の場合、壁高欄の天端、もしくは壁高欄の背面に、アンカーで取り付けられるものが多くなります。壁高欄とは、橋の縁に立ち上がったコンクリートの壁で、剛性防護柵としての役目も担う部分です。つまり遮音壁は、この壁高欄の上にさらに背を伸ばすように立っている。
【橋の防護柵とは?|たわみ性と剛性の違い、橋への定着と点検の視点を解説】 https://hashiwatashi.com/bridge-guard-fence/
ここに、橋にとっての難しさがあります。
橋にとっての遮音壁は、帆である
考えてみてください。橋の縁という高い位置に、数メートルの高さで、切れ目なく連続する面を立てる。これは、橋に帆を張るのとほとんど同じことです。
風が吹けば、その面は風圧を受けます。しかも受ける位置が高い。壁の中ほどに作用した風の力は、根元のアンカーを支点とするてこの原理で増幅され、大きな曲げの力となって壁高欄に伝わります。そこから床版へ、主桁へと流れ込んでいく。
遮音壁は、音を止めるためだけの部材ではありません。橋にとっては、常時作用する風荷重の受け皿でもあるのです。だから、後から遮音壁を設置しようとする場合には、橋がその荷重に耐えられるかの検討が必要になります。既設の橋に何かを付け足すことが簡単ではないのは、こうした理由によります。
点検で見るべきこと
遮音壁の点検で確認すべき点は、いくつかあります。
まず、支柱の基部です。壁高欄の天端に立てられた支柱は、その根元に水がたまりやすい構造になりがちです。滞水すればそこから腐食が進み、支柱の断面が失われていきます。風荷重を受け止める根元が痩せていくのですから、放置はできません。
次に、取り付け部です。アンカーボルトのゆるみ、脱落、腐食。振動と風圧を受け続ける部位ですから、締結が確実であり続けているかは重要な確認事項です。
そして、遮音板そのもの。変形や欠損はないか、パネルが外れかかっていないか。吸音型であれば、内部の吸音材が劣化して垂れ下がったり、脱落したりしていないか。透光板であれば、割れやひび、著しい白化がないか。
見落としやすいのが、目地や隙間です。遮音壁は、面として連続してこそ性能を発揮します。板と板のあいだに隙間ができれば、そこから音が漏れる。構造的には健全に見えても、遮音性能としては欠陥がある——という状態がありえます。
そして忘れてはならないのが、壁高欄側です。アンカーのまわりからコンクリートがひび割れていないか、剥離していないか。付属物の点検は、その付属物が取り付いている本体の状態確認までを含みます。
【橋の点検とは?上部・下部構造の着目点と点検の進め方を解説】 https://hashiwatashi.com/bridge-inspection-basics/
第三者被害という重み
資料は、遮音壁について特に第三者被害にも注意する必要があると述べています。ここには理由があります。
遮音壁は、橋の高い位置に、大きな面積の板が並んでいる部材です。もしそのパネルが外れて落下すれば、どうなるか。高架橋であれば、真下を通る道路や歩道、あるいは民家に直撃する可能性があります。走行中の車のフロントガラスに、面積のある板が落ちてくる事態も想定しなければなりません。
橋の主桁がわずかに腐食していても、直ちに人命に関わるとは限りません。しかし、高所に取り付けられた付属物の落下は、その瞬間に被害が生じます。付属物という呼び名は、点検における優先度を誤解させる言葉かもしれません。
【鋼橋の点検・補修・補強|鋼材の損傷の種類と防食・補強の方法】 https://hashiwatashi.com/steel-bridge-maintenance/
まとめ
この記事では、橋の遮音壁を解説しました。
遮音壁は、道路上の音を遮り、回折による減音を図って沿道の環境を守る壁です。音は壁の上端を回り込むため、背後にできるのは無音ではなく音の影であり、効果は壁の高さに左右されます。遮音板には反射型・吸音型・先端改良型があり、道路の反対側に何があるかによって選ばれます。透光板は圧迫感や日照の問題を和らげる一方、吸音効果は持ちません。橋では壁高欄の天端や背面にアンカーで取り付けられ、高い位置に立つ大きな面は、風荷重の受け皿として橋に負担をかけます。
点検では、支柱基部の腐食、アンカーのゆるみ、パネルの変形や脱落、目地の隙間、そして取り付く壁高欄の状態までを見る。高所にある大きな板は、落ちればそれだけで人の命に関わるからです。
窓の外を流れていくあの壁は、誰かの静かな夜を守るために立っています。同時にそれは、風を受け、橋にもたれかかり、点検されるべき部材でもある。壁の向こうに暮らす人と、壁の下を通る人。遮音壁は、その両方に責任を負っているのです。


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